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長野地方裁判所 昭和45年(行ウ)14号 判決 1975年10月02日

原告 岡沢熊雄 ほか一名

被告 長野県知事

訴訟代理人 太田陽也 村上基次 吉田宗弘 ほか三名

主文

原告岡沢幹雄の訴えを却下する。

原告岡沢熊雄の請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

第一本案前の申立について

一  直ちに補償請求することが許されないとの主張について

土地収用法一三三条の訴訟は、行政処分である収用委員会の裁決のうち、補償額の部分に対する不服を内容とするものであり、その限りにおいて抗告訴訟の性質を有することは否定できない。しかしながら、右訴訟の究極の目的は収用委員会の裁決を取消して新たに収用委員会に裁決をやり直きせるというところにあるのではなく、むしろこの訴訟において直接当事者間における適正な補償を確定せんとするところにあるというべきである。同条二項も、かかる趣旨から、収用委員会を被告とせず、財産的利害に関係ある被収用者と起業者が当事者となるべき旨規定し、いわゆる当事者訴訟の形態をとらしめているものである。

そして、損失補償請求権は、実体法規に補償に関する親定があるか否かにかかわりなく、補償すべき財産の収用があつた場合、憲法二九条三項により直接発生するものと解すべきであり、収用委員会の損失補償に関する裁決によつて、この権利が実体的に消長をきたすべきいわれはないのである。

そうだとすると、この訴訟は右補償請求権を訴訟物としてその確認又は差額等の給付を求める訴訟であるとみるべきである。

以上によれば、原告熊雄が長野県収用委員会の裁決の変更を求めることなく直接差額の給付を求めることは適法であつて、被告の主張は失当である。

二  出訴期間徒過の主張について

原告幹雄は、同熊雄を財産管理人として、紹和四七年一一月一八日訴えを提起したものであるが、土地収用法一三三条一項は、収用委員会の裁決のうち損失の補償に関する訴えは、裁決書の正本の送達を受けた日から三月以内に提起しなければならないと定めている。

ところで、原告たる不在者幹雄に対しては、裁決書正本が昭和四五年九月二二日送達されたことは当事者間に争いがないから、右幹雄の訴え提起は、右出訴期間経過後になされたこととなる。よつて右訴えは不適法である。

三  被告を誤まつているとの主張について

1  本件訴えは、一級河川信濃川水系岡田川改修工事及び水路付替工事のために行なわれた土地収用について、長野県収用委員会がした裁決の損失補償を不服としてその増額を求めるものであるから、土地収用法一三三条二項の規定により、右事業の起業者を被告としなければならない。

ところで、この起業者の意義につき、同法八条一項は、土地等の収用又は使用を必要とする事業を行なう者をいう旨明定しているが、起業者は収用又は使用の時期において土地等の所有権又は使用権を取得する(同法一〇一条)とともに、その収用又は使用により被収用者の受けた損失を補償すべき義務を負う(同法六八条)ものであることからすれば、収用又は使用の効果を問題とする関係においては、右のような財産的権利義務の帰属主体たりうる者が起業者として予定されているものと解され、このような意味に限定して解釈すれば、起業者は国であつて被告はこれに該当しないのではないかと考えることも一理ある。

2  しかしながら、本件においては被告は昭和四二年四月一日起業者として同河川の災害復旧および改良事業に着手したこと、同四四年一一月二五日建設大臣により被告を起業者として事業認定の告示がなされたこと、又被告は同年九月一日本件物件について土地収用法一五条の二による斡旋を申請したこと、次いで同年一二月二〇日同法三九条一項に基づき長野県収用委員会に対し裁決申請及び明渡裁決の申立をしていること、同四五年九月九日および一〇日原告熊雄に対し土地に関する補償金を払い渡し、土地所有権を取得するとともに、同年一〇月一三日建物等に関する補償額を供託していることは当事者間に争いがない。

右事実に加えて、被告は河川法九条二項八同法施行令二条により同河川の全区間について建設大臣の指定により管理を行なつていることをも合わせて考慮すれば、本件においては被告が本件事業の目的達成のために起業者として現実に行動してきたことが明白であるから、かかる場合には、被告をもつて、土地収用法二二三条二項にいう起業者に該当するものとして訴訟を追行せしめてもさしつかえないというべきである。従つて、被告の主張は理由がない。

第二本案について<省略>

第三結論

以上の次第で、原告幹雄の訴えは不適法であるからこれを却下し、原告熊雄の請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川名秀雄 福井欣也 川島利夫)

別表<省略>

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